第36回 問題127
高齢者福祉
第二次世界大戦後の日本における高齢者保健福祉制度の展開過程に関する次の記述のうち,最も適切なものを1つ選びなさい。
- 11950年(昭和25年)の生活保護法では,常時介護を必要とする老人の家庭を訪問する老人家庭奉仕員が規定された。
- 21963年(昭和38年)の老人福祉法では,養護老人ホーム,特別養護老人ホーム,軽費老人ホームを含む,老人福祉施設が規定された。
- 31982年(昭和57年)の老人保健法では,70歳以上の高齢者にかかる医療費のうち,その自己負担分を無料化する老人医療費支給制度が規定された。
- 41997年(平成9年)の介護保険法では,要介護認定を受け,要介護と判定された高齢者等は,原則3割の利用者負担で,介護サービスを利用できることが規定された。
- 52000年(平成12年)の社会福祉法の改正では,高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)が策定されたことを受け,地域包括ケアシステムが規定された。
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✓ これが正解21963年(昭和38年)の老人福祉法では,養護老人ホーム,特別養護老人ホーム,軽費老人ホームを含む,老人福祉施設が規定された。
解説
1963年の老人福祉法で養護・特別養護・軽費老人ホームが規定されました。
この問は、第二次世界大戦後の高齢者保健福祉制度が、どの法律で何を定めたかという組み合わせで判断します。
1963年(昭和38年)に制定された老人福祉法は、高齢者の福祉を専門に扱う初めての法律です。それまで生活保護法の養老施設が担っていた施設の役割を引き継ぎ、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホームなどを老人福祉施設として位置づけました。特別養護老人ホームは、常時介護を必要とし、家庭で介護を受けることが難しい高齢者のための施設として、このとき新たに設けられたものです。また、家庭を訪問して介護などを行う老人家庭奉仕員の派遣事業も、老人福祉法に位置づけられました。したがって、老人福祉法で養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホームを含む老人福祉施設が規定されたという記述が最も適切です。
ほかの記述は、制度と法律の組み合わせが入れ替わっています。高齢者の医療費の自己負担分を公費で肩代わりする老人医療費支給制度は老人福祉法の改正で始まったもので、老人保健法はむしろ高齢者にも一部負担を求める仕組みを導入しました。介護保険の利用者負担は原則1割で始まりました。ゴールドプランは社会福祉法の改正よりずっと前に策定された計画で、地域包括ケアシステムはその後の介護保険の見直しの中で打ち出された考え方です。
制度の歴史の問では、施設体系をつくったのは老人福祉法、負担を求め始めたのは老人保健法、と法律ごとの役割を対にして覚えておくと見分けやすくなります。
ほかの選択肢はなぜ違うのか
- 11950年(昭和25年)の生活保護法では…:常時介護を必要とする高齢者の家庭を訪れる老人家庭奉仕員は、1963年の老人福祉法に位置づけられた事業です。1950年の生活保護法に規定されたものではありません。
- 31982年(昭和57年)の老人保健法では…:老人保健法は、それまで無料だった高齢者の医療費に一部負担を取り入れた法律です。自己負担を無料にする仕組みは、それ以前に老人福祉法の改正で始まっていました。
- 41997年(平成9年)の介護保険法では,…:介護保険法の制定時、要介護者などがサービスを利用するときの負担は原則1割と定められました。原則3割の利用者負担で始まったという記述は誤りです。
- 52000年(平成12年)の社会福祉法の改…:地域包括ケアシステムは、介護保険の見直しの流れの中で後から打ち出された考え方です。ゴールドプランの策定や2000年の社会福祉法への改正と結びつけた記述は時期も法律も合いません。
出典:第36回 社会福祉士国家試験(公益財団法人 社会福祉振興・試験センター)問題127。問題文と選択肢は原文のままです。解説は当サイト独自のもので、同センターとは関係ありません。
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